古代ローマ時代の紀元前回世紀には、元老院や騎士が黄金の印章指輪を用いていたし、この共和制の時代では、外国に派遣される「使者たちは、国家から指輪か印章指輪を受け取っていた」。かれらは職務に就いているときには、金の指輪ないしは印章指輪をつけ、家では鉄の指輪をはめていたという。このように目的によって指輪を使い分けていた。紀元前二〜三世紀ごろ、権力者からの指輪の授与や印章の習慣はさらに広がったが、古代ローマ時代のエピソードとして、紀元前一二七年の対ハンニパルの戦いで、ローマの執政官マルケルスが戦死し、その印章指輪をハンニパルが奪ったという話がある。彼はマルケルスの印章を手紙に押し、隣国の撹乱戦法に出たが、マルケルスの友人のクリスピヌスがそれを見破っている。

帝政時代でも指輪は権威の象徴であったが、この時代の署名のかわりに用いられた印章指輪や印章は、現代でもかなり残っており、カエサルは「武装したヴィーナス」を、ローマの初代皇帝アウグストゥスは、「アレクサンドロス大王とスフィンクスを併置」したものを印章としていた。印章指輪は、もともと男性の持ちものとされ、ローマの帝政時代には左手薬指にはめるのが習わしであった。しかし鍵つき指輪と同様に、印章指輪を婚約指輪として女性に贈ることも、ローマ時代には実際におこなわれていた。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *