ウエディングドレスの選び方

ウエディングドレスは、基本的に一生で一度切りの、特別な衣装です。 女性ならきっと、誰もが一度は着てみたいと思う、憧れの服装でしょう。 せっかく着るならば、とっておきの素敵なドレスを着たいですよね。 ただ一着のウエディングドレスを、どうやって見つけたら良いのでしょう。 ウエディングドレスこそ、多くの方がレンタルドレスを利用しているのではないでしょうか。 ウエディングドレスの値段も様々ですが、有名なブランドのものなど、こだわり出すと大層な金額がかかってしまいます。 パーティードレスは購入できても、ウエディングドレスはレンタルの方が手頃でしょう。 中には代々受け継がれて着たドレスや、手作りのドレスを着用する方もいるかもしれません。 しかし、お色直しのカラードレスも用意するならば、レンタルドレスの方が予算は抑えられるはずです。 結婚式を開くとなれば、色々と費用がかさむものです。 また、ドレスに合わせてアクセサリーやブーケなども、用意しなければなりません。 ドレスにどれだけ予算をあてるか、よく二人で相談した方が良いでしょう。 結婚式に招待される側ならば、ドレスコードやマナーなど、決まりごとが多く存在します。 しかし、自分の結婚式ならば話は変わってきます。 結婚式は新郎新婦、つまりは自分たちが主役です。 場合によっては、伝統的なスタイルは守りつつ、カジュアルにしたり、テーマ性を設けてみたり……。 自分たちのさじ加減で自由に決めることもできます。 昨今では、自由なスタイルの結婚式も増えてきました。 レンタルではドレスは自分のものにはなりませんが、思い出は自分たちだけのものです。 最高の日になるよう、最高のドレスを見つけましょう。

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ウエディングドレス

ウエディングドレスのライン

自分に似合う、好みのドレスはどんなものでしょうか? ただ一着のウエディングドレスを選ぶのは、とてつもなく根気と時間が必要でしょう。 ウエディングドレスには様々なラインがありますので、簡単にご紹介します。 Aライン アルファベットの「A」のように裾が広がったデザインです。 シンプルで上品なイメージです。 体型を選ばず誰にでも似合うため人気です。 身長が高く見えるので、小柄な方でもスタイル良く着こなせます。 プリンセスライン ウエストの切り替えからスカートがふんわりと広がったデザインです。 可愛らしくボリュームがあり、まるでプリンセスのドレスのようです。 お尻や下半身をカバーでき、最も定番のウエディングドレスです。 マーメイドライン 身体のラインに沿ったシルエットに、膝下は裾が広がったデザインです。 裾の形はまるで人魚の尾びれのようです。 ウエスト周りなどくびれが強調されるので、女性らしいメリハリの効いたスタイルです。 エレガントで細身な方が似合います。 スレンダーライン スッキリとして身体に沿った、細身のデザインです。 スタイリッシュな印象で動きやすいです。 縦長に強調されるので、細身で背が高い人が似合います。 エンパイアライン 胸下の切り替えから、Aライン状に裾が広がったデザインです。 どの年齢でも気になりません。 お腹が隠れるため妊娠中でも着られます。 ミニ スカートが膝上丈で、ワンピースのようなデザインです。 若々しい印象で、カジュアルな式に相応しいでしょう。 動きやすいので、二次会などでも使えます。 バッスルライン Continue Reading

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毒入り指輪

毒にまつわる話は陰湿であるが、古今東西を間わず、一般に毒は敵対者を暗殺する手段として秘密裏に用いられてきた。毒殺の方法は数多いけれども、そのなかに毒入り指輪にかかわるエピソードがかなり残っている。これは万一の場合を想定し、みずから命を断つためのものと、相手を毒殺するものの二種類に分けられる。前者にかんしては、『プリニウスの博物誌』のなかに、ギリシア最大の英雄デモステネスにならって、自分自身の命を絶つための手段として、指輪のなかに毒を入れておくというくだりがある。また紀元前五二年に、ポンペイウスが執政官であったとき、カピトリヌスの正にあるユピテル神殿の金が盗まれるという事件がおこり、その容疑をかけられた役人が、毒の入った「指輪の石」をかみ砕いて自殺したことがあった。 さらに象を引き連れ、アルプス越えをしたことで有名な将軍ハンニパルの最期についても、毒にまつわるエピソードがある。彼はローマ軍に大勝したけれども、やがて破れ、亡命先で「指輪のなかに入れていた毒によって自殺した」。また「ローマ時代には、小さな貝の中に毒を入れ」ることがあった。こうして名誉を誇りにしていた古代の英雄や王たちは、戦いに敗れたとき、生きて敵の手にかかるより、みずから命を断っている事例は多くみられる。当時、すでに王侯貴族は指輪をはめており、いつも身につけているもののなかに、毒を忍ばせるという発想は容易に理解できる。 古代におけるこの種の指輪がないので、後のカプセル指輪からその構造を類推するより仕方がない。カプセル指輪には毒だけでなく、香水を染み込ませた海綿状のもの、巻いた髪の毛などをも入れており、とくに目新しいものや珍奇なものを好んだルネサンス時代に、この種の指輪が流行している。指輪のかわりに、女性はとくに香水入りのカプセル式のペンダントもよく用いていた。

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指貫き

道具としての指貫きは、装飾、護符、権威などのために用いられた指輪とは目的を異にしているが、広い意味においては指輪の範曙に入れることができる。というのも、指輪のルーツは、この生活に必要な道具の機能をもつものがもっとも歴史的に古いとされるからである。たとえば弓矢を射るときに、とくに親指につけた革製の防具とか、農業をはじめ、各種手作業をするときにも、指を守る指輪に似た小物の防具が用いられた。針仕事の際の指貫きもそのひとつであり、これはアジアやヨーロッパでも長い歴史をもっ。女性は昔から、糸つむぎとともに、裁縫が本来の仕事として義務づけられていた。これらをうまくこなしていけるものが、しあわせな家庭を築くことができるとされた。それはヨーロッパでは、『糸つむぎ棒の福音書』やメールヒエンのなかに、勤勉に仕事をする姿が手本として数多く示されている。 裁縫のときに女性が用いた指貫きは、運針の際に作業能率を上げたり、中指を守るために使用された。日本ではかつて指輪型が、ヨーロッパではキャップ型が多かったが、ここではドイツの指貫きについて述べよう。ドイツのそれは最初イタリアから導入され、長い歴史をもつが、文献にあらわれるのは250年である。とくにニユルンペルクが指貫き生産の中心地であって、当地の記録によると、一1373年に指貫き作りの職人について述べられている。ニユルンベルクは地理的にイタリア、フランス、ブランドル、北ドイツ、ポーランドとの貿易や交流の中継地として、中世から商工業が発達していたので、指貫きの生産もこの都市が中心地になったものと考えられる。 指貫きの生産はギルドによっておこなわれていたが、ドイツでは十二世紀ごろからギルドがはじまり、ライン中部地方を中心にして各地に広がっていった。その際、指貫き製造の業種においてすらギルドがつくられていたところから判断すると、この需要が相当のものであったということや、ドイツのギルドの業種の細分化と職業の独占が進んでいたことがうかがえる。 ニュルンベルクは十六世紀に指貫き生産の最盛期をむかえるが、この世紀のおよそ百年間に、200~300人の親方、職人、徒弟が作業に従事し、百万個以上の指貫きを生産したと見積られている。輸当時の労働時聞は朝五時から夜十九時までで、一日の生産量は「女性用の鋼、真鎗製の指貫き」の場合、35~40個、「先が中空の仕立て屋用」は70,80個程度であった。個数に差があるのは、前者の家庭の裁縫用に用いるものが、キャップ状になっていて製作がむつかしく、後者の方が構造上、作りやすかったからであろう。

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印章指輪

指輪は印章とともに、古代エジプトではファラオの王位委譲のシンボルとされていたが、このなかで有名なものは、紀元前1000年以上前から認められる、スカラベ型印章指輪である。とくにスカラベは、動物の糞をまるい玉にして運ぶ姿が太陽神になぞらえられたので、古代エジプトで好まれ、糞のなかに卵を生むという昆虫の習性と合わせて、再生と生命力のシンボルとされた。だから死者を埋葬するとき、これはミイラの心臓部に置かれたのであるが、ツタンカーメンの墓からも、王の心臓部にスカラベの胸飾りが飾られていた。さらにこの若き王の薬指に青いガラス製の指輪が、中指には金の指輪がはめられていたという。印章指輪は「ヌピアの副王」にも副葬品とされているので、このようにスカラベや指輪には、権力者が死後の世界においても再生し、権威をもつものとして君臨できるように、という願いが込められていたと考えられる。 エジプトの印章指輪の伝統は、古代ギリシアに受け継がれ、とくにクレタ島で栄えたミノス文明を継承したミユケナイ文明の時代に、印章指輪が多用された。印章のモティーフは祭杷的シーンが多く、この時代において有名なものは、あのドイツの考古学者シュリーマンがアクロポリス跡から発掘したという女神を彫り込んだ印章指輪である。しかしミユケナイ文明の衰退とともに、およそ紀元前1000~700年ごろ、印章指輪が一時姿を消している。それはエジプトとの交易が途絶えがちになり、ここから印章石を入手するのが困難であったためであろうと推測されている。 ころが紀元前500~700年ごろになると、再び印章指輪が興隆する。たとえば、ギリシアの七賢人のひとりであるソロンは、紀元前五九四年に彫師が「売った印章の型を手元に置くこと」を禁じ、印章指輪を不正に複製しないように法令を出している。これからも当時、印章指輪を用いる習慣が広まり、不正な行為もおこなわれていたことが分かる。印章指輪は王侯貴族のみならず、当時、貿易の主導権を握った人びとも、商取引の契約の際に使用していた。  

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