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ミキモトの指輪

日本を代表するジュエラーとして世界にその名を知られるミキモト。明治時代からヨーロッパの技術やデザインを積極的に導入し、編み出された独自のジュエリーは「ミキモトスタイル」と呼ばれ広く愛されてきました。 真珠貝を養殖、収税し、デザイン、製作まで、気の遠くなるような時間と愛情を込めてジュエリーに仕上げるその姿勢は、ダイヤモンドリングにおいても同じ。シャンクとノレースを組み合わせて世界にたったひとつのエングージメントリングをオーダーするシステムやティアラのレンタルも人気。花嫁を美しく際立たせます。

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骸骨の記念指輪

中世の大学では、博士の称号を取得した記念として、指輪の授与がおこなわれていたという記録がある。またルネサンス時代には、皇帝や国王が詩人を顕彰する際に、「詩聖冠」とともに指輪を贈っている。このような記念指輪は、戴冠式、同盟成立記念、戦勝記念、褒賞などの際や、個人的な誕生日、出産、結婚記念、死亡など、通過儀礼の節目にもつくられたりしている。多様な記念指輪のなかでも、ここではとくに死と関係ある特異なものを採りあげる。死者とのかかわりにおいて注目すべきものは、「メメン卜・モーリ」(死を忘れるな)という装飾指輪であって、十四世紀以降にあらわれている。これは開館や骸骨など死体をモティーフにしたものであり、葬儀の後、死者の思い出のために、関係者に配られている。すくなくとも日本人の感覚では、これらのモティーフを身につけるという発想はない。むしろそれを縁起の悪いものとして、忌み嫌う風潮がつよい。この差はいったい何に起因するのであろうか。ここにヨーロッパ人における死との特別なかかわり方があるように思われる。 十四世紀のはじめ、ヨーロッパは天候不順によって大飢鐘に見舞われ、多くの死者を出した。さらにイングランドとフランスの百年戦争、二二四八年からヨーロッパで大流行したベストなどによって、死は日常生活のなかに入り込み、「鞭打ち苦行」、「死の舞踏」という特異な集団行動を引き起こしている。こうして自分の体を鞭で故意に傷つけたり、死者や骸骨を克明に描くことによって、人びとは死を直視し、かつ死の恐怖から逃れようとした。もともと死は、寄る辺ない人間にとって、避けて通れないものであったが、キリスト教がヨーロッパの人びとのこころを捉えた理由のひとつに、この宗教の説く死後の世界への安らぎがあったといえよう。 キリスト教の教えでは、現世の行状によって死後、天国か地獄へ行くことになっていたけれども、十三世紀以降、その中聞の煉獄という領域が設けられ、罪を犯したものでもここで償えば天国へいけるとした。当時から巡礼が流行し、人びとはあの世のしあわせを願って、難難を乗り越え、ローマ、サンティアゴ・デ・コンポステラ、果てはエルサレムまでも意を決して巡礼に出かけている。こうして現世よりも死後のことを考える気持ちは、死を身近なものにしたし、死への愛着の念すら生みだしている。これは当時の絵画や図像にはっきりとあらわれており、とくにこの風潮は中世だけでなく、ルネサンス期の美術にまで広がっていた特徴でもあった。  

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鍵つき指輪

ひとたびヨーロッパに足を踏み入れてみれば、鍵が日常生活に不可欠なものであることがよく分かる。人びとは幾種類もの鍵を束ねて持ち歩き、個室や戸棚、引き出しなど、開閉部はほとんど施錠されるようになっている。陸続きであったヨーロッパでは、異民族の侵入による戦争、略奪、紛争を長年経験してきたので防衛意識が発達し、独特の鍵文化社会が形成されたといえよう。鍵はすでに紀元前から、古代ギリシアやローマ時代に、外敵から身を守り、また財産を保持するために使用されてきみこた。しかし、その本来の用途のみならず、これは、もともとは亙女や女神など女性の持ち物でもあった。それゆえに、鍵は古くから主婦権のシンボルとなっている。さらに鍵は『聖書』にあるように、キリストの権威のシンボルであって、キリストはこれを直接ベテロに委譲したといわれ、ローマ教皇は鍵を代々継承してきた。 鍵はキリスト教以前から重要視されており、さらに先述したように指輪も権威のシンボルであったので、鍵と指輪を合体させたのは、印章指輪の場合と同様に、実用的な意味だけではなく、もっと深い象徴的な意味があったように思われる。というのは、古代ローマ時代では婚約が成立すると、男性は鍵つき指輪を女性に贈るという習慣があったからだ。鍵つき指輪は紀元前二世紀ごろに出現し、とくに紀元一世紀から三世紀ごろにかけて流行しているが、すでにこの時代に、鍵が主婦権のシンボルとみなされていたことは確実である。したがってローマ人は、鍵の習俗と切れ目のない指輪の円環のシンボルを合体させて、男女を結びつける鍵っき指輪を生みだし、これを将来の妻に対する契約の成立を保証するしるしとしたのではなかろうか。 さらに鍵と指輪の合体は、古代ローマ人の生活習慣とも関係していたと考えられる。すなわち、かれらはトーガという長方形の布をまとっていたが、それにはポケットがついていなかったので、これが鍵つき指輪の生まれる理由のひとつであったといわれている。またローマ人が風呂好きであったことはよく知られており、入浴中でも貴重品を肌身離さないようにするために鍵つき指輪を必要としたという説もある。いずれにせよ、古代ローマで鍵つき指輪が普及した背景として、ローマがカルタゴとの三度にわたるポエニ戦争の勝利によって、地中海全域の冶金、加工技術を手中に収め、高度の金属加工技術の蓄積があったことが挙げられよう。

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現代の指輪(婚約指輪)

現代の指輪は主に、結婚指輪や婚約指輪として使われます。 結婚が決まり幸せいっぱいで結婚指輪と婚約指輪を選びます。「素敵なことが起こりそう 」そんな期待をロマンティックな花モティーフに託し 愛らしさと華やかさのある花嫁になる。さあ、運命婚約指輪と結婚指輪選びの始まりです。 婚約指輪では色鮮やかな宝石に託すふたりの未来に寄り添う二つの花は、 愛し合うふたりのよう。さまざまな サイズのカラーのサファイ アと ダイヤモンド、そしてイエロー ゴールドのコンビネーションの婚約指輪があります。幸せな気分をいっそう盛 り上げます。 彼の愛を受け止める 気高きダイヤモン ドの婚約指輪はエレガントなー輸のバラに込められた彼の思い。それは、 「あなたを尊敬し、愛していますという情熱的なメ ッセージ。 この婚約指輪は愛を語るにふさわしい輝きに満ちています。 職人の熟練した技がダイヤモンドのに集約され、まるで肌の上で光の花が戯れているかのような婚約指輪です。 夢にま で見た婚約指輪は、まるでひと つの芸術品 永遠のモティーフ に真実の愛を誓う 「 申し分のない魅力が花言葉の カメリア をモティ―フにした 婚約指輪は、 チャーミングな花嫁に ぴったりです。花全体にダイヤモンドと Continue Reading

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武器としての指輪

身近な日常的な持ち物が武器になったり、護身用具になったりする事例がある。日本でもかつて杖、尺八、鉄扇などがそうであったが、とくに陸続きのヨーロッパで、たえず異民族との乳蝶や戦争を経験してきた人びとは、防衛に対して特別な意識をもっていた。種々の重厚な甲胃・武器のみならず、城壁をめぐらせた都市の構造、さらに鍵文化もそのあらわれであろう。ヨーロッパでは、指輪も護身用の武器として使用されたという事実がある。イギリスの作家マロリの『アーサー王の死』には、この指輪によって英雄が怪我を防止した話が載っている。その起源は、現在でもインドやモロッコ、ソマリアなどでみられる、防具としてのプレスレットやアームレットなどの大型リングにあるように思われる。これは一見すると装飾用に見えるが、いざという場合、身を守る武器の役割をも果たしている。 これらと類似したギザギザのある輪状のものが、イタリアからたびたび出土し、「古代ローマの剣士のリング」と名づけられている。しかし、美術史家で指輪研究者のパトケの説によれば、これは指輪にしては大きすぎるので、たぶん根棒と一緒に使用された武具ではないかと推測されている。さらにドイツ農民戦争時の実在の騎士、「鉄の爪ゲツツ」は、ゲーテの『ゲツツ』の戯曲でよく知られているが、武器としての指輪とは異なるとはいえ、彼の鉄の手がその役割を果たしている。 もっとも古いこの種の婚約指輪は、四世紀の後期ローマ時代のものである。これは宝石入りの三つの指輪の繋がっためずらしい形状をしており、墓から出土しているので、武器というより、護符として死者とともに埋葬されたものと考えられている。さらに南部ドイツおよびティロル地方で、中世以降、農民が使用していたとおぼしき多数の防具用(武器)としての指輪が残っている。材料は鉄、鉛、鋼、真鏡、銀などのものが多い。これは「ベルリン民俗博物館」に所蔵されているが、なぜこれだけ多く残っているのか不思議なほどである。おそらくふだんは護符として身につけていたのではないかと推測され、何らかの理由でこれが農民のあいだで流行していたのかもしれない。というのも、防具指輪のモティーフには、聖アントニウスの肖像がよく用いられており、この聖者は「予期せぬ死に対するパトロン」として、人びとの信仰を集めていたからである。 本来の攻撃用武器としての指輪を好んだのは、血気盛んな若者であった。かれらは相手からの攻撃、喧嘩、学生の決闘あるいはブルシエンシャフトの蜂起のときに、実際使ったという。いずれにせよ、これは男性の持ち物であった。とくに中世以来、学生の決闘は日常茶飯事であって、剣のほかに典型的な武器として、親指以外の四本の指にはめる鉄拳のリンがある程度知られている。これは防具指輪の変形であるが、その武器が実際のところ顔面にたった場合を想像すると、いささか背筋がぞっとする。以上のように、この種の指輪は一見すれば、装身具としてカ今ラージュすることができ、いったん何かあると武器になった。とくに相手が無防備の場合、素手より圧倒的に有利であった。この点からも、やはり長い指輪の文化を有するヨーロッパでは、万一に備えて自己防衛のために気を配っていたことが分かる。

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