毒にまつわる話は陰湿であるが、古今東西を間わず、一般に毒は敵対者を暗殺する手段として秘密裏に用いられてきた。毒殺の方法は数多いけれども、そのなかに毒入り指輪にかかわるエピソードがかなり残っている。これは万一の場合を想定し、みずから命を断つためのものと、相手を毒殺するものの二種類に分けられる。前者にかんしては、『プリニウスの博物誌』のなかに、ギリシア最大の英雄デモステネスにならって、自分自身の命を絶つための手段として、指輪のなかに毒を入れておくというくだりがある。また紀元前五二年に、ポンペイウスが執政官であったとき、カピトリヌスの正にあるユピテル神殿の金が盗まれるという事件がおこり、その容疑をかけられた役人が、毒の入った「指輪の石」をかみ砕いて自殺したことがあった。
さらに象を引き連れ、アルプス越えをしたことで有名な将軍ハンニパルの最期についても、毒にまつわるエピソードがある。彼はローマ軍に大勝したけれども、やがて破れ、亡命先で「指輪のなかに入れていた毒によって自殺した」。また「ローマ時代には、小さな貝の中に毒を入れ」ることがあった。こうして名誉を誇りにしていた古代の英雄や王たちは、戦いに敗れたとき、生きて敵の手にかかるより、みずから命を断っている事例は多くみられる。当時、すでに王侯貴族は指輪をはめており、いつも身につけているもののなかに、毒を忍ばせるという発想は容易に理解できる。
古代におけるこの種の指輪がないので、後のカプセル指輪からその構造を類推するより仕方がない。カプセル指輪には毒だけでなく、香水を染み込ませた海綿状のもの、巻いた髪の毛などをも入れており、とくに目新しいものや珍奇なものを好んだルネサンス時代に、この種の指輪が流行している。指輪のかわりに、女性はとくに香水入りのカプセル式のペンダントもよく用いていた。